ブルーノートといえば、ジャズの名門レーベルだが、このところのヒップホップやR&B(特にネオ・ソウル)等、非ジャズ系のブラック・ミュージックを愛するリスナーも大いに注目すべき一大拠点となっている。
ミュージシャンたちは音楽の常識をそれぞれのやり方でどんどん書き換え、ソランジュやブリタニー・ハワードなどは、ジャズ・ミュージシャンの力を借りながら、まだ見たことのない新しい音楽がジャズの周りから生まれようとしている。
つまり、ジャンルの垣根が無効になった今、Nu(ネオ)という冠は「ネオ・ソウル」から「ネオ・フィリー」と呼ばれるジャンルの中において、「ネオ・ジャズ」ともいうべきジャズの再解釈がなされている。
それを象徴するのが、2012年に名門Blue Note Recordsに移籍し、さらに人気を拡大している新世代ジャズ・シンガーが『ホセ・ジェイムズ(José James)』である。
ホセ・ジェイムズはアメリカ・ミネアポリスに生まれ、現在はニューヨークを拠点に活動するシンガー。ラジオから流れてきたデューク・エリントンの「A列車で行こう」を聞いてジャズにのめりこんだのが14歳のときだという。
以後「ビリー・ホリデイやマーヴィン・ゲイといった歌い手にも傾倒しつつ、同時期にヒップホップにものめりこみ、アイス・キューブ、ビースティ・ボーイズ、デ・ラ・ソウルなどを聴き倒した」と、シンコーミュージック・ムック『Jazz The New Chapter ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』で述べている。
ニューヨークの大学でジャズを専攻し、様々なジャズ・コンテストに参加するなか、2006年、ロンドンのジャズ・コンテストでジャイルス・ピーターソンと出会う。
ジャイルスはホセの歌声と音楽性に惚れ込み、2008年にホセはジャイルスが主宰するレーベル、ブラウンズウッド・レコーディングスからアルバム『The Dreamer』でデビューを果たすこととなった。
【 デビュー・アルバム『 The Dreamer(2008年)』】
【収録曲】
1. The Dreamer
2. Velvet
3. Blackeyedsusan
4. Park Bench People
5. Spirits Up Above
6. Nola
7. Red
8. Winter Wind
9. Desire
10. Love
+ボーナス・トラック
カリスマ的支持を集めるDJのジャイルス・ピーターソンが主宰するレーベルからその後、2010年には『Blackmagic』と『For All We Know』の2作をリリース。後者はエジソン・アワードおよびアカデミー・ドゥ・ジャズのグランプリを獲得している。
【 Gilles Peterson(ジャイルス・ピーターソン)】80年代よりダンスジャズ~アシッドジャズ~クラブジャズシーンのキーパーソンとして活躍している「Gilles Peterson(ジャイルス・ピーターソン)」。DJ、ラジオ番組のホスト、プロデューサー、レーベルオーナー、キュレーター、コレクターなど40年に渡り音楽トレンドを発信し続けるテイスト・メイカーである。
その間100枚を超えるコンピレイションの監修、アーティストのプロデュース、フェスティバル主催・キュレーションなど、ジャズを中心にしながらも、ジャンルという音楽の境界線を砕き、多くのアーティストと点で結ばれながら、世界中のDJやアーティストに大きな影響を与え続け、またリスナーに愛されてきた音楽革命家でもある。
1980年代のロンドンのクラブシーンでDJとしてのキャリアをスタートさせた彼は、その後当時萌芽しつつあったアシッドジャズをフィーチャーしたパイレーツラジオ(海賊放送)でその名を知られるようになった。実際、1987年にはレーベル「Acid Jazz」の共同名義で設立したが、すぐにAcid Jazzを離れ、「Talkin’ Loud」を設立。ダンスミュージックを幅広く扱っていたこのレーベルは、Nuyorican Soul、Roni Size/Reprazent、MJ Cole、4Heroなどの作品のリリースによって高い評価を得ることになった。
しかし、彼が最も大きなインパクトを与えたのはラジオDJとしての活動で、LondonのKiss FMで8年間番組を担当したあと、1998年からはBBC Radio 1で人気番組「Worldwide」をホスト。更に2012年からは活動の場をBBC 6 Musicに移しており、インターナショナル版「Worldwide」とも言える番組は世界8ヶ国で放送され、世界中にファンを抱えている。
また彼は、ブラジルとキューバの音楽に大きな愛情を注いでおり、2009年にはキューバの音楽やアーティストを紹介するためのプロジェクト「Havana Cultura」を立ち上げ、数多くの才能を紹介。その中で最も有名なものが2012年のアルバム『Mala in Cuba』で、ダブステップアーティストのMalaがキューバを訪れて現地のミュージシャンたちと共演したこのアルバムは大きな話題となった。
現在も新世代のアーティストを紹介する為、2006年に自身が設立(主宰)するインディペンデント・レーベル「Brownswood Recordings」から、常に新しい音楽やアーティストを世に送り出し、継続的に新しいサウンドの発掘に力を注いでいる。
クラブ・ミュージック周りとも身軽にコラボするジャズ・シンガー「ホセ・ジェイムズ」は遂に、2012年にブルー・ノート・レコードに移籍。翌年1月には移籍第一弾で自身の4番目のアルバムとなる『No Beginning No End(2013年)』をリリースした。
この作品は、2000年頃からしきりにジャズへと手を伸ばしてきたソウル勢に対する、逆方向からのアプローチによる成功作である。
【 移籍第一弾『No Beginning No End(2013年)】
プロデューサーには「ピノ・パラディーノ」他、「クリス・デイヴ」や「ロバート・グラスパー」が名を連ねる。冒頭の曲 “It’s All Over Your Body” に参加するミュージシャンの顔ぶれから予想される通り、「D’Angelo(ディアンジェロ)」のグラミーでベストR&Bアルバム賞を受賞した2ndアルバム『Voodoo(2000年)』に非常に近い作品である。
冒頭の曲 “It’s All Over Your Body” における黒田卓也の抑制を効かせたブロウには「Roy Hargrove(ロイ・ハーグローヴ)」に通じるところに、相も変らぬピノ・パラディーノの抜群なるタイム感のベースは、本作であるアルバムを象徴する楽曲と言える。
ちなみに、ディアンジェロの『Voodoo(2000年)』は音楽評論家から高評価を受け、ディアンジェロにいくつかの賞賛を与えたアルバムであり、多くの出版物によって年間ベストアルバムの1つに選ばれた。それ以来、音楽評論家によって「ネオ・ソウル」のジャンルにおける『クリエイティブ・マイルストーン』とみなされてきた。
ホセのシンガーとしての影響源は「ビリー・ホリデイ」や「ナット・キング・コール」というが、声を聴いて真っ先に「Gil Scott-Heron(ギル・スコット・ヘロン)」が頭をよぎる。
【 Gil Scott-Heron(ギル・スコット・ヘロン)】70年代初頭のジャズの周りでは、社会の矛盾を突いた自らの詩を音楽にのせ、当時 “黒いボブ・ディラン” と呼ばれた音楽家で詩人の「Gil Scott-Heron(ギル・スコット・ヘロン)」が70年代ジャズの名門「フライング・ダッチマン」からデビュー(1970年)した。
3人のパーカッション奏者から溢れ出るリズムの海の中、ラップ前史的「ポエトリー・リーディング」でハーレムの中心から、その混沌とした社会に切り込む21歳の若きギルの黒き魂が放つ灼熱の詩群は刺激的かつ圧倒的であるだけにとどまらず、初ヴォーカル録音のひとつ “Who’ll Pay Reparations On My Soul” は、たまらなく美しくグルーヴィーなのである。
ホセの盟友であり、先にブルーノート入りしていた「Robert Glasper(ロバート・グラスパー)」の存在とあわせて、ブルーノートを「R&Bやヒップホップとジャズが交わる地点」として再定義したと言っていいだろう。
【 Robert Glasper(ロバート・グラスパー)】ロバート・グラスパーの出るべきして開花した才能は、教会音楽に初期設定を施しながらジャズ・ピアニストの道に進み、もう一方では学友の「ビラル」経由でネオ・ソウルと縁の深いヒップホップの人脈とコネクトしたことにある。
彼らのセンスを吸収・共有しながら、それらすべてを繋いだ作品の第二弾が『Black Radio(2012年)』に続く『Black Radio 2(2013年)』であり、楽曲は基本的に歌い手との共作である。
周知のように、ロバート・グラスパーの第55回(2013年)グラミー賞受賞『最優秀R&Bアルバム Black Radio(2012年)』をきっかけに、ソウル~ R&B~ヒップホップのなかでジャズが再解釈されている。が、現在の「ジャズ」には、さらにもっと自由な風が吹いている !
「サンダーキャットは歌ものを突き詰め、フライング・ロータスは音楽理論を学んだ。クリスチャン・スコットは遥か昔に思いを馳せる。エスペランサ・スポルディングは理論を一旦忘れようとし、ジェイコブ・コリアーは存在しないハーモニーを鳴らそうと理論を乗り越えようとしている。僕らが “ジャンルの垣根が無効になった” なんて呑気な話をしている間に、ミュージシャンたちは音楽の常識をそれぞれのやり方でどんどん書き換えている。ソランジュやブリタニー・ハワードは、そんなジャズ・ミュージシャンの力を借りる。まだ見たことのない新しい音楽がジャズの周りから生まれようとしている」と、音楽評論家の柳樂光隆が監修したムック『Jazz The New Chapter 6』は、そう語っている。
「21世紀に入ってから音楽はずっと進化を続けているのに、いつまでも100年前の古い言語で語れるわけがないんだよ。僕は新しい言語を使いたい」――クリスチャン・スコット
上記したミュージシャンの多くが近年の『グラミー賞』受賞者であること(しかも多部門にまたがっていること)を踏まえれば、ジャズをとりまく宇宙を考えることは、そのまま今の音楽を考えることにつながるだろう。
by JELLYE ISHIDA.
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