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G2J Spiritus CLUB. VOL.10:Portrait of a Legend(伝説の肖像)/ OTIS RUSH

 

15年前のアメリカ議会において、2003年2月1日からの一年間を「Year of the Bluse(ブルーズの年)」とすることを宣言した ‼

そして、ブルーズ百周年を記念するこの決議案が可決されたことで、世界中のブルーズ・ファンを魅了しただけでなく、アメリカの『Roots music(ルーツ・ミュージック)』に新たな眼差しを向けるきっかけとなった…。

ところで、2003年が「ブルーズ百周年」だとして、はたして1903年にそもそもブルーズと言う音楽ジャンルが突如として誕生するということがあるだろうか・・・⁉

その真実性はまたの機会にするとして、Roots music(ルーツ・ミュージック)とは「音楽的かつ精神的支柱となる音楽」を意味する。たとえば 1950年代から 60年代にかけてのジャズ黄金時代を支えた黒人ミュージシャンの大半にとって、ブルーズやゴスペルがルーツ・ミュージックであるといえる。近年みられる、ロック・ミュージシャンのアコースティック指向、ブルーズやカントリー音楽を取上げる傾向も、ルーツ・ミュージックへの回帰であるといえるであろう。

また近年(2016年6月12日)、シカゴ・ブルーズ・フェスティバル最終日のグランド・ファイナルは、「オーティス・ラッシュ・トリビュート」と銘打たれ、ステージが始まる前にシカゴ市長がこの日を『オーティス・ラッシュ・ディ』に認定。オーティス夫人である日本人の妻「マサキ夫人」に付き添われオーティス(現在82歳)が登場。車椅子に乗ってはいるものの、元気な姿を見せてくれた。

1956年に”I Can’t Quit You Baby”でデビューした『Otis Rush(オーティス・ラッシュ)』は、私が最も尊敬して止まないブルーズ・ヴォーカリストとして、またギタリストとして、現代のブルーズマンの最上位にランクされる ‼

by JELLYE ISHIDA.



〖 Otis Rush(オーティス・ラッシュ) 〗

オーティス・ラッシュは、ヴォーカリストとして、ギタリストとして、現代のブルースマンの最上位にランクされる。ところが、実力に反し、レコードは極端に少ない。

56年から58年までにコブラ・レーベルに残した傑作シングルの数々は、表情豊かなエレクトリック・ギターと、パワーのあるヴォーカルによって、「シカゴ・ブルースの新時代」を告げた。

ラッシュは左利きで、右利き用ギターをさかさまに抱えて使用する。だから、極めて個性を持った音を生み出すのだ。

「アイ・キャント・クイット・ユー・ベイビー」や「オール・ユア・ラヴ」といった曲は、マジック・サムやバディ・ガイらと共に『ウエスト・サイド・スタイル』と呼ばれるようになったサウンドの先頭に立っただけでなく、世界中の若いプレイヤーたちを刺激した。

レッド・ツェッペリンやエリック・クラプトンがラッシュの曲をカヴァーし、スティヴィー・レイ・ヴォーンは、ラッシュの「ダブル・トラブル」を自らのバンドの名前にした。

ラッシュはマイナーのスロー・ブルース形式流行のきっかけとなり、またラッシュのバンドはエレクトリック・ベースを使い始めた最初のブルース・バンドとなったのである・・・。


・2016年6月12日、シカゴ・ブルーズ・フェスティバル最終日の『Otis Rush(オーティス・ラッシュ)』


・上記の車椅子を押す日本人の妻「マサキ夫人」は今もとっても若々しい


・オーティス・ラッシュのメイン・ギターは「エピフォン・リビエラ(セミアコ)」


・ちなみに私のメイン・ギターは「エピフォン・エンペラー(フルアコ)」

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